「なぜ、うちの会社はバラバラに動くのか」
——ホッファー&シェンデルの戦略階層で
組織の”方向感”を取り戻す
「売上は上がっているのに、社内はなぜか疲弊している」
その正体は”戦略の階層のズレ”かもしれない
企業戦略・事業戦略・機能戦略の3層を整えると、会社全体が同じ方向に動き出す
ホッファー&シェンデルの理論を、リアルなケースで徹底解説
創業43年。農機具メーカーや建設機械メーカーへの精密部品供給を主軸とし、 「品質の安定さ」と「対応の速さ」で地域トップクラスの評価を得てきた。 しかし、5年前に先代から事業を引き継いだ二代目社長の渡田博之(48歳)は、 ここ2〜3年、ある違和感を拭えずにいた。
売上は横ばいで推移しているものの、営業利益は年々圧迫されている。 新規事業として立ち上げた「医療機器向け部品加工」も3期目を迎えたが、 現場との連携がうまくいかず、既存事業の品質に悪影響が出始めた。 「会社として何を目指しているのか」が現場に伝わっておらず、 部門ごとに判断基準がバラバラ。製造部は「既存顧客最優先」、 営業は「新規開拓第一」と主張し、毎月の経営会議は紛糾している。
この問題を解くカギとなるのが、ホッファー(Hofer)&シェンデル(Schendel)が提唱した「戦略の階層論」です。企業の戦略を「企業レベル」「事業レベル」「機能レベル」の3つに分けて考えることで、誰が何を決め、何を実行すべきかが明確になります。本記事では、この理論をトワダ精工のリアルな状況に重ね合わせながら、経営に活かす実践的な考え方を解説します。
📋 目次
🔍1. 「戦略がない」のではなく「戦略が混在している」——問題の正体
経営相談の現場で最もよく耳にするのが、「うちには戦略がない」という言葉です。しかし多くの場合、問題は「戦略がないこと」ではなく、「複数の戦略が異なるレベルで混在し、誰も整理できていないこと」にあります。
1-1. トワダ精工の「3つのすれ違い」を解剖する
社長は「医療機器分野は成長市場だから参入すべき」と言うが、製造部長は「既存設備では対応できない。なぜ始めたのか」と主張。
→ これは「企業レベルの戦略」(どの事業ドメインを選ぶか)が未整理なまま動いている問題。
営業は「価格競争を避けてハイスペック品で差別化」と言うが、現場は「今の体制でそれはムリ」と言う。競合に対してどう戦うかの方針が共有されていない。
→ これは「事業レベルの戦略」(競争優位の源泉)が不明確な問題。
製造は「品質・納期の安定」を最優先。営業は「新規顧客開拓」を最優先。管理部門は「コスト削減」を最優先。全員が「自分の仕事」をしているが、全体が一致していない。
→ これは「機能レベルの戦略」が上位の戦略に連動していない問題。
「全員に同じことを話せば、方向性が揃う」と考えている経営者は少なくありません。しかし、社長の「医療向けに挑戦する」というメッセージは企業全体の話(企業レベル)であり、現場の「どの設備で、どの工程で対応するか」は機能レベルの話です。レベルが違う会話を同じ場でしても、すれ違いは解消しません。
この「3つのレベルのすれ違い」こそが、戦略階層論を学ぶ動機です。では次に、ホッファー&シェンデルが提唱した3層構造の全体像を把握しましょう。
📚2. ホッファー&シェンデルの戦略階層とは何か
理論の核心チャールズ・W・ホッファー(Charles W. Hofer)とダン・シェンデル(Dan Schendel)は、1978年に著書『Strategy Formulation: Analytical Concepts』の中で、企業の戦略を以下の3つの階層として体系的に整理しました。この枠組みは現代の経営戦略論の土台として広く活用されています。
2-1. 3つの階層の「問いの違い」を理解する
| 戦略階層 | 企業レベル | 事業レベル | 機能レベル |
|---|---|---|---|
| 核心の問い | 「何の事業をするか」 | 「どう競うか」 | 「どう動くか」 |
| 時間軸 | 中長期(3〜10年) | 中期(1〜5年) | 短〜中期(1年以内) |
| 主な意思決定者 | 経営トップ・取締役会 | 事業部長・社長 | 部門長・現場リーダー |
| 主な内容 | 事業ポートフォリオ・ドメイン設定・M&A・資源配分 | 差別化・コスト優位・ターゲット顧客・競合対策 | 製造計画・採用方針・販促施策・予算配分 |
| トワダ精工での例 | 「既存精密加工 + 医療部品の2本柱にする」 | 「医療分野では品質保証力で勝負する」 | 「製造部に医療専任ライン設ける」「営業は既存・新規で担当を分ける」 |
2-2. なぜ「階層」に分けて考えるのか
戦略を階層で整理する最大の意義は、「誰が何を決めるべきか」が明確になることです。上位の戦略が決まっていなければ、下位の戦略は正しく機能しません。逆に、現場レベルで上位の「なぜ」が伝わっていなければ、正しい判断ができません。
ホッファー&シェンデルが強調したのは、3層間の垂直的整合性です。企業レベルで「医療部品に参入する」と決めたなら、事業レベルでは「その市場でどう競うか」を決め、機能レベルでは「製造設備の改善・採用計画・営業担当の配置換え」まで落とし込む。この一貫したつながりがなければ、会社は「言っていることとやっていること」がズレ続けます。
2-3. 中小企業にこそ「3層の整理」が必要な理由
「戦略階層論は大企業向けでは?」と思う方も多いかもしれません。しかし実際には、中小企業こそこの整理が急務です。大企業には企画部・経営企画室などが存在し、役割分担が自然と行われています。一方、中小企業では社長が全ての階層の意思決定を一人で行いながら、それを現場に伝え切れていないケースが非常に多い。
社長一人が全層を担う
企業・事業・機能の全てを社長が判断するため、それぞれの「レベル感」が混在しやすい。会議で企業戦略と現場オペレーションが同時に語られる。
言葉が「翻訳」されない
社長の言葉(企業レベル)が、各部門長・現場担当者の言葉(機能レベル)に翻訳されないまま伝わるため、受け取り方がバラバラになる。
事業変化に組織が追いつかない
新規事業参入・事業縮小など企業レベルの変化が起きても、事業・機能レベルの見直しが行われないまま走り続けるため、ズレが蓄積される。
🏭3. 3つの階層をトワダ精工に当てはめてみる
理論を理解したところで、トワダ精工の状況を3層に当てはめて整理してみましょう。現在の「混乱状態」と、戦略階層を整えた「理想状態」を比較することで、何を変えるべきかが見えてきます。
3-1. 現状の「ズレ」を可視化する
| 戦略階層 | 現状(ズレあり) | あるべき姿 |
|---|---|---|
| 🏢 企業レベル | 「医療部品もやる」と言っているが、既存事業との資源配分の方針が未定。「2本柱」なのか「試験的参入」なのかが不明確。 | 「既存精密加工(70%)+医療部品(30%)の2本柱で3年間運営し、医療部品が軌道に乗れば比率を変更する」と明文化する。 |
| ⚔️ 事業レベル | 既存事業は「QCDの安定」という暗黙の戦い方があるが、医療部品については競争戦略が未定のまま受注活動をしている。 | 医療部品:「ISO認証取得による品質差別化戦略」を採用し、価格競争には参加しないと明確化する。 |
| ⚙️ 機能レベル | 製造部・営業部がそれぞれ独自の判断基準で動いており、優先順位が衝突している。経営企画担当の田中さんも上位戦略との接続感がない。 | 製造:医療専任ライン設置。営業:担当顧客セグメントを既存/医療系で分割。管理:ISO対応の予算確保と進捗管理。 |
3-2. Before / After で見る「戦略整合」の効果
- 経営会議が「企業レベル」と「現場レベル」の話が混在し毎回紛糾
- 新規事業参入の理由が現場に伝わらず、現場の抵抗感が強い
- 各部門が「自部門の最適」を追求し全体最適が損なわれる
- 社長が「言った・言わない」問題に追われ意思決定が遅れる
- 若手担当者(田中さん)が自分の仕事の意味を理解できない
- 経営会議の議題が「レベル別」に整理され、議論が建設的になる
- 「なぜ医療部品に参入するか」が腹落ちし、製造部が協力的になる
- 各部門の行動基準が上位戦略から導出され、判断の軸が揃う
- 社長は企業レベルの意思決定に集中でき、現場への委任が進む
- 田中さんが「ISO対応」という機能レベルの役割を明確に持てる
戦略階層論の実践で最も大きな変化は、「誰が何を決めてよいか」が明確になることです。社長が全ての判断をしなくても、部門長が「この事業戦略の方針に従えば、自部門の判断は〇〇が正しい」と自律的に考えられるようになります。これはリーダーシップのデリゲーション(権限移譲)にも直結します。
⚠️4. 階層がズレると何が起きるか——よくある4つのパターン
中小企業の経営現場では、戦略階層のズレが特定のパターンとして現れます。自社に当てはまるものがないか確認してください。
「飛び越え型」——社長が機能レベルの指示を直接出す
社長が「あの顧客に今週中に連絡しろ」「この設備を○○に変えろ」と、事業・機能レベルを飛び越えて現場に直接指示を出すパターン。現場は動くが、中間管理者の権限が失われ、組織の自律性が育たない。
「下から上書き型」——現場の都合が戦略を変えてしまう
製造部の「今は忙しい」「設備が対応できない」という機能レベルの判断が、「では医療向けはやめよう」という企業レベルの判断を変えてしまうパターン。資源制約は重要な情報だが、それが「戦略を覆す理由」になるのは順序が逆。
「宙ぶらりん型」——事業レベルの戦略が抜けている
「医療部品に参入する(企業レベル)」と「医療向け設備を導入する(機能レベル)」の間に、「その市場でどう差別化するか(事業レベル)」の議論が抜けているパターン。現場は何となく動いているが、競争優位が生まれない。
「並列乱立型」——複数の事業が同じリソースを奪い合う
新規事業と既存事業が明確な優先順位もなく並列で走り、限られた人員・設備・資金をそれぞれが要求するパターン。トワダ精工の状況がまさにこれで、各部門の「最優先」がぶつかり合っている。
「上位の戦略と下位の施策の一貫性が取れていない」という問題は、経営理論の世界でも中心的な課題として繰り返し議論されてきました。しかし実際の現場でも、まったく同じ問いが毎日発生しています。理論と実務の距離は、実はかなり近いのです。
🛠️5. 戦略階層を整える実践ステップ(6つのアクション)
では、実際にトワダ精工のような状況にある中小企業は、何から始めればよいのでしょうか。ここでは、戦略階層を整えるための6つの実践アクションを順番に解説します。
企業ドメインを明文化する(企業レベル)
「わが社は何者か」を一言で言えるよう、事業ドメインを定義します。アンゾフの「製品×市場」マトリクスも参考に、現在・将来の事業領域を図示してみましょう。トワダ精工なら「新潟県内製造業向け精密金属加工(既存)+医療機器メーカー向け精密部品(新規)」と書き出すだけでも、議論の共通言語ができます。
事業ごとの「ポジション」を決める(企業レベル)
複数の事業がある場合、それぞれの「位置づけ(育成・維持・縮小・撤退)」を決定します。BCG成長-シェアマトリクスの考え方を援用すると、限られた資源をどこに集中するかが明確になります。「今期の医療部品は育成フェーズ」と決めることで、現場は「今は利益よりもノウハウ蓄積」と判断できます。
各事業の「競争戦略」を設計する(事業レベル)
企業レベルで「どの事業をやるか」が決まったら、次は「その事業でどう勝つか」を設計します。ポーターの3つの基本戦略(コスト・リーダーシップ/差別化/集中)を参考に、各事業の競争軸を決めましょう。トワダ精工の医療部品事業なら「品質保証力と対応速度による差別化集中戦略」が候補となります。
部門ごとの「役割と方針」に落とし込む(機能レベル)
事業戦略が決まったら、それを各部門の行動方針に「翻訳」します。「医療向け差別化戦略」を採るなら、製造部は「検査工程の強化」、営業は「医療メーカー担当者との技術的対話」、管理部門は「ISO取得の予算確保」がそれぞれの機能レベルの方針になります。
「戦略会議」と「実行会議」を分ける(会議設計)
多くの中小企業で、毎月の経営会議が「企業レベルの方針議論」と「現場の報告・問題解決」が混在しています。これを分離し、月1回の「戦略会議(レベル1・2の確認)」と週次の「実行会議(レベル3の進捗)」に分けるだけで、会議の質が劇的に改善します。
定期的な「整合性チェック」を行う(レビュー)
戦略の階層は一度整えたら終わりではありません。四半期ごとに「企業レベルの方針と、各事業・各部門の動きが整合しているか」を確認するレビューを設けましょう。特に事業環境の変化(新技術、顧客動向、競合の動き)があった際は、上位レベルから見直す必要があります。
🔗6. 関連理論との接続——アンゾフ・ポーターと組み合わせる
ホッファー&シェンデルの戦略階層論は、単独で使うよりも関連理論と組み合わせることで、より具体的な経営判断に活かせます。ここでは中小企業経営に特に有用な2つの理論との接続を整理します。
6-1. アンゾフの成長マトリクスと「企業レベル」の接続
イゴール・アンゾフ(H. Igor Ansoff)が提唱した「製品・市場マトリクス」は、企業レベルの戦略でどの方向に事業を伸ばすかを検討する際に有効なフレームワークです。
| 戦略の方向性 | 既存市場 | 新規市場 |
|---|---|---|
| 既存製品・サービス | 市場浸透戦略 既存顧客への深耕営業・シェア拡大 (トワダ精工:農機具メーカー向けシェア拡大) |
市場開発戦略 既存技術・製品で新市場に進出 (トワダ精工:精密加工技術を医療分野へ) |
| 新規製品・サービス | 製品開発戦略 既存顧客向けに新製品を開発 (トワダ精工:建設機械客向け新型部品) |
多角化戦略 新市場×新製品で全く新しい領域へ (トワダ精工:食品加工機器部品など) |
アンゾフのマトリクスは「企業レベル」で事業の方向性を決める際の分析ツール。そこで決まった方向性(例:市場開発=医療分野参入)を受けて、「事業レベル」ではその市場でどう戦うか(競争戦略)を設計し、「機能レベル」では製造・営業・管理の各部門が何をするかに落とし込む。この流れが「垂直的整合性」を生み出します。
6-2. ポーターの競争戦略と「事業レベル」の接続
マイケル・ポーターの3つの基本戦略(コスト・リーダーシップ/差別化/集中)は、「事業レベルの戦略」を設計する際の中核フレームワークです。
コスト・リーダーシップ戦略
業界最低コストを実現し、価格競争で優位に立つ。
トワダ精工への適用: 規模が小さいため単独でのコスト優位は困難。既存の農機具向けで選択的に採用可能。
差別化戦略
品質・技術・対応速度・ブランドなどで他社と異なる価値を提供する。
トワダ精工への適用: 医療部品では品質保証力・ISO認証・短納期対応が差別化軸になりうる。
集中戦略
特定の市場セグメントや顧客層に経営資源を集中する。
トワダ精工への適用: 医療機器の中でも「診断機器向け小型精密部品」など絞り込むと強みが活きる。
企業レベル:アンゾフのマトリクスで「医療向け市場開発戦略を採る」と決める
↓
事業レベル:ポーターの競争戦略で「医療部品は差別化集中戦略で戦う」と決める
↓
機能レベル:製造は「ISO取得と検査強化」、営業は「医療メーカーとの技術対話強化」に注力する
このように3つの理論を「縦につなぐ」ことで、抽象的な戦略が現場の具体的アクションまで一本の軸で貫かれます。
✅7. まとめ・自社チェックリスト
7-1. 戦略階層のズレを自己診断する10のチェックリスト
-
1「わが社は何の事業をしている会社か」を30秒で説明できるか 企業レベルのドメイン定義が明確かどうかの基本チェック。社長と部門長で答えが違う場合は危険サイン。
-
2複数事業の「優先順位と資源配分比率」が明文化されているか 「どの事業に重点を置くか」が曖昧なまま走っていると、全ての事業が中途半端になる。
-
3各事業の「競争優位の源泉」を現場担当者が言えるか 事業レベルの戦略が浸透しているかどうかは、現場担当者へのヒアリングで確認できる。
-
4各部門の今期方針が「上位の事業戦略」から論理的に導かれているか 「なぜこの部門の重点施策がこれなのか」を問われたときに根拠を説明できるか。
-
5経営会議で「企業レベル」と「現場レベル」の議題が混在していないか 両方が同じ場で扱われると、どちらも中途半端になる。議題の「レベル分け」が有効。
-
6社長が現場の細かい指示出しをする場面が頻繁にあるか(飛び越えサイン) 社長が機能レベルの判断まで担っている場合、事業・機能の委任ができていない可能性がある。
-
7現場から「なぜこれをやるのか分からない」という声が出ていないか 機能レベルの担当者が上位戦略との接続を感じられていない典型的なサイン。
-
8新規事業参入時に「事業戦略(どう競うか)」を設計してから動いているか 「参入する」という企業レベルの決定から、事業レベルの設計なしで機能レベルを動かすと空回りする。
-
9四半期ごとに3層の整合性を確認するレビューの機会があるか 戦略は「作って終わり」ではなく、環境変化に合わせて定期的に見直すことが重要。
-
10部門長が「自分の判断基準は何か」を上位戦略から説明できるか 自律的な組織は、現場リーダーが自分で戦略の論理を語れる状態にある。
チェックが7〜10個:戦略階層は比較的整合されている。次のステップは各層の深化と権限委譲の加速。
チェックが4〜6個:特定の層でズレが発生している可能性大。特にチェックできなかった項目の層を重点的に整備。
チェックが0〜3個:戦略の全層にわたって整合が取れていない状態。「企業ドメインの明文化」から着手することを強く推奨。
📌 この記事のまとめ
- 「会社がバラバラに動く」問題の正体は、戦略の3階層(企業・事業・機能)が整合していないことにある
- ホッファー&シェンデルの戦略階層論は、「誰が何を決め、何を実行すべきか」を整理するための実践的フレームワーク
- 企業レベルは「どの事業をするか(ドメイン・資源配分)」、事業レベルは「どう競うか」、機能レベルは「各部門が何をするか」を定める
- 3層の整合性(コンシステンシー)がなければ、どれだけ現場が頑張っても組織は同じ方向を向かない
- アンゾフのマトリクスは企業レベル、ポーターの競争戦略は事業レベルと組み合わせることで、戦略の地図が完成する
- 実践の入口は「事業ドメインの明文化」と「部門ごとの上位戦略との接続の言語化」から始めることが最も効果的
